中世の武家要塞・東家館の遺構が、発見されたのは宇佐八幡宮から西に150m行ったところにあります。

当時、鎌倉武士は宇佐八幡宮に武運をお祈りしたのでしょう。

大和街道から紀の川の方向に、曲がると宇佐八幡宮があります。
古来人々は、橋本市を南北に貫く西高野街道とは別にこの宇佐八幡いにしえの道があるように思えるのです。

大森神社ー宇佐八幡宮ー陀羅尼寺ー妙楽寺ー愛宕山に至る道にあります。

宇佐八幡宮の世間との境界に石垣があります。



写真を見ていただくとわかるのですが、神社の北側(裏側)の石積みは、丸い形の石が積んであります。
この石の上から城の石垣とも見まがうような美しい積み方で緑色片岩が積まれています。石垣は、緑色片岩を積むことによって大きくなりました。
石垣の上書きの歴史に想いを馳せることができます。
宇佐八幡宮の近くのみなさんが、お掃除の様子が垣間見えます。綺麗な手水鉢。落葉が綺麗さっぱり掃除されています。



-Wikipedia より
八幡神(やはたのかみ、はちまんじん)は、日本で信仰される神で、清和源氏、桓武平氏など全国の武家から武運の神(武神)「弓矢八幡」として崇敬を集めた。誉田別命(ほんだわけのみこと)とも呼ばれ、応神天皇と同一とされる。また早くから神仏習合がなり、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)と称され、神社内に神宮寺が作られた。