こちらで 羅臼高校の天使たち を記述

 

 なんか元気がでる


羅臼で羅臼住人による羅臼体験記 ~冬~の取材編集をした羅臼高校の生徒さんたちと指導された森木先生と商業教育を手伝う家庭科の教諭にお会いした。
 
 オオワシが流氷をの上で餌を食べる様子を撮影してコメントをつけた少年(少年といってももう大人とかわらないのだけど)がいう。
「これは僕の撮った写真だっけ?」。先生がうなづく。集まったみんなが同じように「この写真は、、、」というので確認をすると、数十枚撮った写真のなから良いものを選んでいたので、自分の写真かどうかという記憶ではなく、伝えたいことが写っている写真を選んでコメントを付けていたのがわかった。
 とても自然で、風景と見る人が主役の良い写真だとおもったら、ちゃんと編集されていたんですね。編集の殆どは涙を飲んで捨てることですというと、生徒さんたちは全てを分かった笑顔で深く頷いた。
 「オオワシも何時も見ているから、あんまり気にしていなかったけど、見せてあげたいと思って一所懸命撮っていたら、二羽同時に写っていた。写真をサイトに貼るときにじっくり見ないと、一羽はカラスかと思っていたんです。で、写真をじっくり見ていると、オオワシいいなあ。羅臼っていいなあと思いました」。
 ヒカリゴケの写真を撮った少女は「だって、ふつう行かないもん。寒いときにヒカリゴケのとこなんか。夏にまた良い写真撮りたい。綺麗なの見て欲しいっておもったけど、つららの写真とって喜んでもらえると、自分でもけっこう良い写真だなあって、授業で、羅臼の外の人にみてもらおうって思って撮ったからつららの写真撮れました」。

 「普段、当たり前にあるから、なんにも思わないで見ている海とか、山とか、改めて取材すると本当に綺麗で、羅臼っていいじゃんっておもって」。

 「他所の人に見てもらうのも大事だけど、自分たちがもう一回羅臼のいいところを知るのがもっと大事だと思った」とか。
「沢山の観光客に来てもらうのも大事だけど、出来たら羅臼が好きで、羅臼に何度も来てくれる人に来て欲しいと思います」とか。

 高校生たちが自分の街の記述を始めたら、それを先生が授業のなかで丁寧に指導したら。大人が生徒の感性を邪魔しないで、見る人を思いやって編集迄出来るように保証したら、彼らだからこそ書ける記事を集めたら、どんな情報が発信されるでしょう。自分の発信した記事や写真が人を動かしたとき、生徒の目は輝きます。若い人が自分の力を正しく認識出来て、強く、美しく成長してくれたら。その姿を見た大人たちも、老人たちも、先輩を見る子どもも、きっと元気が湧いて来る。時間が短いから、強引に質問をしたけど、丁寧に応えて本質をつく姿に心から感謝。

 「もう来ないの?」
 「またかならず。夏にくるよ」
 「やったー」