ここでは、枚方八景(牧野の桜) について紹介します。
在所:牧野坂二丁目・宇山町
【ポイント】
1.公園は、府道17号線を挟んで牧野公園(牧野阪地区)と牧野公園(宇山地区)に分かれている。
2.牧野公園(牧野阪地区)の中心には、アテルイ・モレの首塚があり、一面の芝生の中に遊歩道が設けられている。
3.牧野公園(宇山地区)の中心には、運動広場が設けられている。
4.公園全体に桜が植樹されており枚方八景の一つ(桜の名所)に選ばれている。
・太平記より 落花の雪に 踏み迷う 交野の春の 桜狩
5.明治の頃は、片埜神社の神域は5万㎡あった。
・歯科大の松林は、今も面影を残す。
6.戦後、市は神域の一部を譲り受け公園に。
【関連写真】
牧野阪地区
坂地区の入口2013_08_03 金只
牧野公園の標識2013_08_03 金只
桜の緑陰に覆われた公園2017_09_06 金只
童遊園地とアテルイ・モレ塚2013_05_13 金只
宇山地区
宇山地区の公園2013_05_13 金只
標柱(牧野公園)2013_05_13 金只加
【補足説明】
①.牧野公園(現地案内板より)
牧野公園は、桃山時代の華麗な建築を伝える片埜神社(牧野一之宮)のにあります。この地は、古くから由緒ある所でした。「落花の雪に踏み迷う、交野の春の桜狩」と『太平記』に書かれている交野(交野ケ原)は、この付近から南に広がっています。
在原業平(アリワラノナリヒラ)が、惟喬親王(コレタカシンノウ)とともに渚の院を訪ね、咲きほこる桜を見て
世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし (新古今和歌集・伊勢物語)
と詠みました。また、藤原俊成は交野の桜を思って
またや見む 交野のみ野の桜狩 花の雪散る 春のあけぼの
と詠んでいるように、このあたりは平安の頃から桜の名所として都の貴族たちに親しまれた。
交埜神社の神域は、明治の頃には5ヘクタールほどあり、大阪歯科大学付近の松林は、その面影を残しています。戦後、広い神域の一部を市が譲り受けて牧野公園を造成しました。
桜の季節には、数十年を経た桜が咲き競い、市民の憩いの広場になっています。 昭和59年10月1日 枚方市
②.公園は、牧野3丁目から府道17号線を挟んで宇山地区に広がっています。宇山地区公園に隣接して、片埜神社の境外社である朝原神社、蒼神社、大阪歯科大学のキャンパスがあり、明治の頃はその神域は5万㎡に及び、かっての片埜神社の隆盛を偲ばせるものがあります。