月蔵井筋 について知っていることをぜひ教えてください
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月蔵山をめぐる井筋であるから。月蔵井と略される。
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文化9年(1812)に月蔵山簏より城地の用水として引かれた。
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弘化4年(1847)には、三義荊口の赤坂と板山沢から取水し、月蔵山の北麓から西麓を全長約12kmで周り、樋ヶ沢で水を落とした。樋ヶ沢からは樋を引いて、樹林寺の脇から諏訪社の下で受け、荒町と北村へ分水したとされる。昭和52年(1977)頃の林道月蔵線の開設にともない東高遠の区間は廃止された。
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単に横井、御用水とする表記、月蔵山井堰の表記もみられる。
左:上流側荊口 右:下流側板山沢(北方上空から)
左:上流側荊口 右:下流側樋ヶ沢 (西方上空から)
井筋の遺構(東高遠区間)